08/17 19:14 UP! 第3話「はじまりの朝」REN (レン)(30歳)
SHORT STORY ・ 最終話/全3話
その手の、あたたかさ
二年間、足りなかったもの。そのすべてが、その夜、そこにあった。
――泣きはらした夜に告白してきた、男友達のレン。額を合わせ、「怖くない?」と囁く彼に、美咲は静かに、首を横に振った。
唇が、触れた。
やわらかくて、あたたかくて、少しも急がない口づけだった。奪うのではなく、確かめるように。壊れものに、そっと触れるように。二年間、ずっと足りなかった“大事にされている”という感覚が、その一瞬に、ぜんぶ、あった。
離れると、レンはもう一度、額を合わせて、囁いた。
「……ほんとに、いい? 嫌なら、ここでやめる」
こんなときまで、この人は、美咲のことばかり気にしている。それがおかしくて、愛おしくて、彼女は小さく笑って、彼のシャツを、きゅっと握った。
「やめないで。……お願い」
触れる指も、髪を撫でる手も、耳もとで囁く声も、そのひとつひとつが、ただ、優しかった。
「かわいい」
「ほんとに、ずっと好きだった」
言葉のひとつが胸に落ちるたび、冷えきっていた心が、雪がとけるみたいに、ゆっくりと、ほどけていく。強がることも、取り繕うことも、もう、何もいらなかった。
その先のことは、彼の腕の中で。言葉は、もう要らなかった。美咲はただ、安心しきって、彼の胸に、身を委ねた。窓の外が白んでいく気配さえ、二人には、遠い出来事のようだった。
朝、目が覚めたとき、美咲を後ろから、そっと抱きしめる腕があった。
「……おはよう」
寝ぼけた声が、耳のうしろで、くすっと笑う。昨日まであんなに泣いていたのが嘘みたいに、胸のなかは、あたたかい光で、満ちていた。
しばらく、二人で、天井を見上げていた。やがてレンが、少しだけ照れたように、切り出した。
「あのさ。……ちゃんと、俺と付き合ってくれませんか。今度は、友達じゃなくて」
美咲は、笑って、また少し泣いて、こくりと、うなずいた。
選んでもらえなかったんじゃない。
ただ、ちゃんと大事にしてくれる人が、
すぐそばに、いただけ。
― 完 ―
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