08/16 08:42 UP! 第2話「言えなかったこと」REN (レン)(30歳)
SHORT STORY ・ 第2話/全3話
言えなかったこと
泣きはらした夜、そばにいてくれた男友達。その彼が、静かに切り出した。
――結婚を夢見た二年を、誕生日の夜に失った美咲。泣きはらした部屋に訪ねてきたのは、学生時代からの男友達・レンだった。彼はただ静かに、そばにいてくれた。
夜は、まだ長かった。
二杯目のお茶を淹れて戻ってきたレンは、さっきより少しだけ離れた場所に、座り直した。その距離が、逆に、彼の不器用な優しさのように思えて、美咲の胸が、ちくりと疼いた。
ぽつり、ぽつりと、彼女は話した。彼のこと。二年間のこと。そして、口にした瞬間に、いちばん惨めになる言葉も。
「私の、なにが、だめだったんだろう」
「もう……この歳で、誰にも選んでもらえない気がする」
みっともない弱音だと、自分でもわかっていた。それでもレンは、一度も遮らなかった。相槌の代わりに、ただ、うん、うん、と、静かにうなずきながら、聞いていた。
湯気の向こうの彼を見ているうちに、美咲は、ふと思い出していた。
思えば、彼はいつも、そこにいた。引っ越しで途方に暮れた日も、熱を出して動けなかった夜も、前の恋人と些細な喧嘩をしたときも。連絡すれば、当たり前みたいに、ふらりと現れた。それを、彼女はずっと、“気のいい男友達だから”のひとことで、片づけてきた。
「……ねえ、レン。なんで、いつも来てくれるの」
酔ってもいないのに、そんな問いが、するりとこぼれた。
レンは、しばらく黙っていた。カップを両手で包んだまま、何かを、ゆっくりと決めるように。そして、いつになく低い声で、言った。
「……あのさ。ずっと言えなかったこと、言ってもいい?」
顔を上げる。いつもふざけてばかりの彼の目が、今夜だけは、まっすぐに、美咲を見ていた。
「俺、ずっと前から――たぶん、美咲が思ってるより、ずっと前から、君のことが好きだった」
「友達のふりして、そばにいるのが、精一杯だったんだ」
え、と、声にならなかった。そんなの、聞いていない。二年間、彼氏の惚気も、愚痴も、ぜんぶこの人に聞いてもらっていたのに。
「今日、あいつに振られたって聞いて……正直、飛んできた。慰めるふりして。こんなときに、最低だよな、俺」
そう言って、彼は困ったように笑った。けれど、その笑顔の端が、少しだけ、泣きそうに歪んでいた。冷えきっていたはずの胸の奥が、ぎゅっと、熱を持つ。
「今すぐ、どうこうって話じゃないよ。ただ、これだけは、言わせて」
彼の手が、そっと伸びて、涙で濡れた美咲の頬を、包んだ。ごつごつとした、大きな手。その手が、驚くほど、あたたかい。
「こんなに素敵な人を手放すやつの気が、俺には、ぜんぜん知れない」
止まっていたはずの涙が、また、静かにあふれた。「……ごめん。困らせたよな」と、彼が気まずそうに手を引こうとする。その手を――美咲は、とっさに、両手で、握りしめていた。
自分でも、なぜそうしたのか、わからなかった。ただ、この手を、離したくなかった。
ゆっくりと、顔を寄せる。彼の額と、そっと触れる。吐息がかかるほどの距離で、レンが、かすれた声で、確かめるように囁いた。
「……怖くない?」
美咲は、答えの代わりに、そっと、首を横に振った。
FINAL STORY
最終話「その手の、あたたかさ」
――二年間、足りなかったもの。そのすべてが、そこにあった。(つづく)
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