09/16 09:22 UP! 『ケタミンで宇宙になった日』2026/09/16の日記YAO(ヤオ)(28歳)
※ケタミンの使用については、必ず専門家の管理・指導のもと、適切な医療機関等において治療を目的として受けてください。本内容は、ケタミンの娯楽目的での使用を推奨、助長するものではありません。
※また、ケタミン治療に関する体験談やレビューは、現時点では十分な情報が蓄積されているとは言い難い状況です。そのため、本内容については、意図しない形で情報が独り歩きすることを避けるため、当該掲載箇所以外への転載・拡散はお控えくださいますようお願いいたします。
以下は、ケタミン投与後に実施したChatGPTとの壁打ち内容をもとに、当時の体験や認識を整理し、読みやすいようインタビュー形式で再構成した記録です。
なお、本資料は個人的体験の記録であり、その内容は特定の効果、安全性、または一般的妥当性を示すものではありません。
Q1まず、今回ケタミンを受けるのは何回目ですか? クリニックへ向かっているときは、どんな気持ちでしたか?
今回で2回目です。
1回目は点滴で入れてもらいました。今回は筋肉注射をしてもらうつもりだったので、点滴とはどう違うのか、受ける前から楽しみでした。
Q2クリニックに着いて、実際に受ける直前はどうでしたか?
主治医の先生は僕とほとんど目を合わせることなく、淡々とケタミンのエフェクトについて説明してくれました。
なぜこの人はこんなクリニックを開業しているのか、どんなモチベーションでこんなことをしているのか、とても気になりました。
先生は淡々としていますが、説明は丁寧で、清潔感もあり、印象はいいです。
前回ほどの緊張はありませんでした。それよりも、「今回はどうなってしまうんだろう」というワクワク感のほうが強かったです。
Q3投与前は、どのような準備をするのでしょうか?
蒸気でホットアイマスクを装着して、ヘミシンクというヒーリング音楽が流れているベッドで準備をします。
事前の説明で「打った直後から効く」と言われていたので、あらかじめ音量も調節して横になっておきました。
Q4筋肉注射を打たれた瞬間は覚えていますか?
ベッドに寝かされて、左腕に打ってもらいました。
薬液がちゅ~っと注入されるたびに左腕が痛みました。「これは点滴とは違うな」と思いました。
その後は時間感覚がおかしくなっているので正確には分かりませんが、おそらく5分後くらいから効いてきたと思います。
Q5最初に「あ、効いてきた」と感じたとき、何が起きましたか?
最初は、音楽をまだ「音楽」として認識していたと思います。
その後、目を閉じているのに世界が見えるようになりました。
あまりにも普通に景色が存在するので、自分が目を閉じているのか、開けているのか分からなくなりました。
Q6最初に見えたものを覚えていますか?
最初の幻覚として覚えているのは、光のトンネルです。
多彩な光に囲まれたトンネルのような場所を、前方へ滑らかに滑っていたように思います。
Q7光のトンネル以外に、特徴的な映像はありましたか?
フラクタル構造の中にダイブしていくような感覚がありました。
どれだけ近づいても、その先にまたフラクタル構造が現れるんです。
近づいて細部へ入っていくと、その細部もまたフラクタルになっている。そして、さらにその中へ入っていく。
それが際限なく続いていくような感覚でした。
Q8スマホなどで見るフラクタル映像とは違いますか?
近い映像自体はスマホでも見ることができます。
ただ、決定的に違うのは、「画面を見ている」のではないということです。
目の前だけにフラクタルがあるのではなく、上下左右、前後を含めた360度全てがフラクタルになっている。
そして、自分自身がその内部に存在しているんです。
その中を前方へ進んでいく。どれだけ近づいても終点には到達せず、またフラクタルが現れて、その中へ入っていく。
映像を鑑賞しているというより、自分そのものがフラクタル構造の中へダイブしていくような体験でした。
Q9その頃、「自分」という感覚は残っていましたか?
最初は自分自身のことを知覚していたと思います。
ただ、その後、徐々に概念を一つひとつ忘却していきました。
己、文字、地球、宇宙、生、死。
あらゆる概念を忘却していって、最終的には全てが分からない状態になりました。
Q10「全てが分からない」という状態は怖くありませんでしたか?
最初は怖いというより、自分が死んでいるのか、生きているのか分からない状態になりました。
Q11そこから「死」というものについて、どのように感じましたか?
「死んでいる」という概念が消失したあと、そもそも死を体験する「自分」とは何なのか、という疑問が生まれました。
でも、その疑問を持っているはずの自己すら曖昧になっていきました。
Q12自己が曖昧になったあとには、何が残りましたか?
自己が消滅したあとも、感情は残りました。
怖いと感じれば怖くなるし、幸せと感じれば幸せになる。
「自分が感情を感じている」というより、感情そのものになったような感じです。
Q13そのときは、どんな感情だったのでしょう?
感情そのものになっていたときは、幸福に包まれていました。
きっと現実の身体のほうは、笑顔だったと思います。
Q14その「幸福」は、単なる感情として存在していたのでしょうか?
いえ。幸福そのものをビジョンとして見ていました。
形而上的な映像でした。
Q15「幸福そのものを見る」というのは、どんな映像なのでしょう?
ありとあらゆる全ての映像、と言えます。
考えたものが一瞬で具現化する世界です。
ただ、今の物質世界で見る映像とは違って見えました。
海のような、空のような、雲のような、光のようなものです。
現実に存在する何かに例えようとすると、そういう言葉を使うしかない。でも、本当はそのどれとも違うものだったと思います。
Q16そこからさらに変化はありましたか?
考える自分が戻ってくるよりも前に、まず感情という概念そのものが消失したように思います。
Q17感情まで消失すると、何が残るのでしょう?
全体が自分であり、自分が全体である、という意識になりました。
全てを手に入れられるし、自他の境界もなくなりました。
ただ、不思議なことに「個」は明確に残っていたと思います。
Q18「自他の境界がないのに、個は残っている」というのは不思議ですね。
そうですね。
自分が全体の一部分になったというより、自分そのものが全体でありながら、それでも個として存在しているような感覚でした。
Q19「全てを手に入れられる」というのは、どういう感覚ですか?
万能感です。
全ての概念が消失しているため、空腹や所有欲など、あらゆる欲が消えます。
何かを「欲しい」と思う必要がない。
自分は全体であるため、すでに全てを手にしていると感じていました。
後から言葉にするなら、「万能感」や「神」という言葉が近いと思います。
Q20その状態から人間の「欲」を見ると、どう感じましたか?
あらゆる欲が馬鹿らしいものに見えていました。
それと同時に、お腹が空くという欲求も含めて、あらゆる欲が尊いものであることにも気がつきました。
Q21馬鹿らしいのに、同時に尊い?
そうです。
全てを持っている状態では、何かを欲しがる必要がありません。
だからこそ、何かが足りなくて「欲しい」と思えること自体が、すごく尊いことに感じました。
Q22そこから「人間として生きること」については、どのように感じましたか?
魂はわざわざ肉体を持って、地球へ遊びに来ている。
だから四苦八苦も含めて、全てを楽しむべきだと感じました。
魂は自分自身を表現したがっている。
Q23その体験の中で、「魂」とはどんな存在でしたか?
魂は不滅の存在であり、全体であり、個でもあります。
肉体が消滅しても魂は不滅で、自由に遊び続けている。
そのときは、それが当然のことのように感じられました。
Q24そのあと、世界はどうなりましたか?
世界が徐々に崩壊していって、完全に消滅しました。
そして、そのあとに少しずつ再構築されていくようなイメージでした。
Q25「世界が完全に消滅した」というのは、完全な「無」になったということでしょうか?
違います。
世界が完全に消滅したということは、全てがそこにあった、ということです。
Q26「何もない」と「全てがある」が同時に成立していた?
そういう感覚です。
自分と他人、生と死、地球と宇宙といった区別がなくなっている。
個別のものとして認識できなくなっただけで、全てがそこにあった。
Q27その世界に「時間」は存在していましたか?
おそらく、時間というもの自体は存在しない。
肉体があるときには、制約として時間を知覚する能力が備わっているのだと思いました。
Q28そこから現実世界へ戻ってくるときは、どのような感覚でしたか?
少しずつ「地球人としての概念」を思い出していきました。
Q29具体的には、どんな順番で世界が戻ってきたのでしょう?
自分に戻る前に、まず地球や宇宙など、大きなものからインストールされていきました。
次に、文明や国、言語。
そのあとに、猫などの動物から、猿、人間。
そして最後のほうになって、自己や自分にとって身近な存在を思い出していきました。
Q30つまり、最初に「自分」を思い出したわけではない?
そうです。
世界が大きなものから順番に再構築されていって、そのあとに自分が戻ってきたような感じです。
宇宙があって、地球があって、生命があって、人間がいる。
そして最後に、「そういえば自分もその中にいた」という感じに近かったと思います。
Q31全てが再構築されて、再び「自分」になったあと、世界に対する見方は変わりましたか?
全ては自分であると思えているため、この世の全てが尊く感じられるようになりました。
人間や動物だけではありません。
物質も含めて、欲求も含めて、この世で言語化できる全てのものに対して、敬愛と慈愛に溢れるような感覚です。
Q32それはケタミンが効いている間だけの感覚でしたか? それとも、今も残っていますか?
今も残っています。
一番近い言葉にするなら、
「愛!」
という感じです。
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